パタン
今日の飲み会での備忘録。
以前、社内でパタン・ランゲージ勉強会に参加した。
とある問題に対してパターンを書いてみようというもの。
Forceの無い世界では目の前に見える解決策を実行すればいいが、いろいろなForceがあるので真っ直ぐに実行出来ないと学んだ。
しかもForceは当事者により違い、様々なベクトルに力が働くのでSolutionが上手くいかなかったりするのだと気が付いた。
時は流れSGT2014。
懸田さんのLTを見て、Forceを感じた。
懸田さんは上手くいった事をパタンに起こす時に上手くいったSolutionの選択理由(制約)をForceと言っていた。
成る程とForceの在り方に納得したのだった。
更に時は流れ、今日。
パタンは来ると思ってるのに流行らない。
局所的には理解されて有用であると感じる。
でも、流行らない。
この何故に関して上司が、
Contextを共有するのが難しい。
情報が抜け落ちてしまい共感しにくい。
と言われた。
確かにパタンの在るべき究極にまで高めると、然もありなん。
しかし、自分はそこまで求めてない。
理想があるのは分かるが、理想論であり現実ではないと感じる。
何故だろう。
と一つの結論。
パタンはContextが共有出来て感情(emphathy)が薄れない範囲において有効である。
これは仮説。
しかし、こんなもんで良いんじゃないかと納得した。
取り敢えず、そんなもんだと扱うことにした夜。